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メンデルスゾーン:劇音楽「夏の夜の夢」

町奉行といって、パッと思い浮かぶ名前はあるだろうか。
大岡越前とか遠山金四郎といった時代劇の常連が、この役職にあたる。
テレビで時代劇を見たことがなくても、きっとその名くらいは聞いたことがあることだろう。
さて、この遠山の金さんこと遠山左衛門尉景元(「とおやまさえもんのじょうかげもと」と読むらしい)が町奉行を解任されたちょうどその年、プロイセンという今でいうドイツにあたる国である芝居が上演された、というのが今回の本題である。

時は西暦1843年、所はプロイセンポツダム宮殿。
そう、第2次世界大戦において日本に降伏を迫った「ポツダム宣言」が作成された、あのポツダムである。
芝居を上演するにあたり、国王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世は劇中に音楽を挿入したいと考える。
映画で言えばサウンドトラックととらえてもよいだろう。
この作曲を依頼されたのが、メンデルスゾーンだ。
演目はかの有名なシェイクスピアによる喜劇、『夏の夜の夢』である。

メンデルスゾーンは1809年、西ドイツのハンブルグの裕福な銀行家の家に生まれた。
サッカー日本代表の高原選手が所属するハンブルガーSVのホームタウンだ。
どのくらい裕福だったかというと、まだ幼いメンデルスゾーンの作曲した曲を演奏させるためにオーケストラを一個まるまる雇うことができるくらい裕福だったそうだ。
4人兄弟の長男で、姉と弟と妹が一人ずついた。

姉はファニーといい、彼女もメンデルスゾーンと同じくらいの音楽的な才能に恵まれていた。
メンデルスゾーン本人はこの姉をとても誇りに思っていたようで、幼いころ、自分の演奏をほめられたメンデルスゾーンは「姉はもっと凄いので、ぜひ聞いてあげてください」と言ったとのエピソードが残っている。
姉とはとにかく仲がよく、そのせいか姉の死に衝撃を受けて後を追うように亡くなってしまう。
1847年のことで、彼はまだ38才だったというから、かなり短命である。

クラシックの曲で、日本人ならばたいてい知っているものがいくつかある。
「運命」や「トッカータとフーガ」などはタイトルを知らずともフレーズを聞けばかなりの確率で「あぁ!」となることだろう。
メンデルスゾーンの「結婚行進曲」もまた、そのような曲の一つである。
洋風の結婚式ではまず間違いなく流されるであろう一曲だ。

この結婚行進曲は実際には結婚式で演奏するために作曲されたものではない。
CDショップのクラシックコーナーの前に立ち、例えば「結婚式のクラシック」みたいなCDを手に取っていただくとする。
そこにはこう書かれているはずである。
メンデルスゾーン作曲/『真夏の夜の夢』より/『結婚行進曲』」と。
つまり「結婚行進曲」はプロイセン国王が芝居のためにメンデルスゾーンに作曲させた例の『夏の夜の夢』の中の曲なのである。

ところでシェイクスピアの『夏の夜の夢』は一般的には『真夏の夜の夢』と訳されている。
みなさん、この『真夏』に一体いつ頃のイメージを持たれているだろうか。
8月か9月か、とにかくひどく暑い時期のような印象を持たれている方も少なくないのではなかろうか。
かくいう筆者も『真夏』とは暑い時期のことだと信じていた一人である。
実際に原題は「A Midsummer Night's Dream」で、直訳すればたしかに『真夏の夜の夢』ともとれる。

しかし「Midsummer Night」は、実は「Midsummer Day」の前夜のことを指すらしい。では「Midsummer Day」とは何のことかというと、夏至で「聖ヨハネの祭日」の6月24日のことだそうだ。
この日は妖精のような伝説上の生き物が活発に活動する日と言い伝えられているらしい。
話の筋のわりに真夏とは全然関係がないなと不思議に感じるのは、題の意味を取り違えているからなのだ。
妖精たちが登場するのも、脈絡のない話ではなかったのである。

メンデルスゾーンはこのシェイクスピアの喜劇を読み、大きな感銘を受ける。
この時『夏の夜の夢』序曲なるものを作曲している。
17歳のことだ。
この曲は姉との連弾用で、すぐあとにオーケストラ用に書き直されてもいる。
この曲があったからこそ国王の作曲依頼があったのかも知れない。
演奏会直前に総譜を忘れたことを思い出したメンデルスゾーンが、記憶を頼りに総譜を書き上げたとか、その総譜が本物と寸分違わなかったとか、そんなエピソードも残っているようだ。

ではここで、メンデルスゾーンがこの喜劇にどのような音楽をつけていったかを粗筋とともに見てみることにしよう。
主な登場人物は4組のカップルと、いたずらな妖精パック、草芝居一座だ。
4組のカップルはそれぞれ領主のシーシアス大公とそのフィアンセ、デメトリアスとデメトリアスに片思いのヘレナ、ライサンダーと本当はデメトリアスのフィアンセであるハーミア、妖精の王オーベロンと女王タイターニアといった顔ぶれだ。

第1幕 第1場

シーシアス公の宮殿で、ハーミアの父が娘と、その婚約者デメトリアスライサンダーとの間におこった三角関係をシーシアスに相談する。
ハーミアとライサンダーは許されざる恋に森へ駆け落ちすることを決め、たまたま居合わせたハーミアの幼馴染みヘレナにだけ駆け落ちすることを告げる。
きっと誰もが「言わなきゃいいのに」と思うシーンだ。
ハーミアのフィアンセに片思い中のヘレナは、彼に気に入られたい一心でデメトリアスにハーミアの駆け落ちを知らせてしまう。

第1幕 第2場

街の芝居好きな職人達が集まって領主シーシアス公の結婚式で芝居を演じる相談をする。
ここまでで演奏されるのは第1場の前の序曲のみである。
序曲は軽妙で、途中ごたごたがあったとしても最後は大団円で終わるであろうことを三部形式を使ってしっかりと表現している。
叙情的で美しい歌曲のようなコーダを持つ。
フリードリヒ・ブルーメという人物が「ロマン派は舞曲と歌曲においてのみ最大の成果をあげた」と言っているが、歌曲風の管弦楽曲だって捨てたものではないと感じる一品だ。
もちろん先生はそんな表層的なことについて語られているわけではないのだが。
 

第2幕 第1場

前奏曲としてスケルツォが演奏される。
少し暗めの、高音部でちょこまか動く曲である。
このスケルツォに導かれて森の中いたずらな妖精パックが登場する。
さらにメロドラマが演奏され、妖精の王オーベロンと女王タイターニアが夫婦喧嘩をしながら登場する。
メロドラマとは台詞と背景音楽からなるもので、ここでは通俗劇のことを指すわけではない。
このメロドラマは先に演奏されたスケルツォの変奏曲の性格を持っている。
夫婦喧嘩の種はオーベロン王が女王のかわいがっている小姓をほしがり女王が譲らなかったことである。
王は怒りタイターニアを少し懲らしめようとパックと共にある悪巧みを企てる。
悪巧みの準備のためにパック退場。
  
女王と入れ違いに、デメトリアスとヘレナが登場する。
デメトリアスはヘレナを拒絶し続ける。
オーベロンは人間からは姿が見えないのをいいことに、この二人のやり取りを立ち聞きしヘレナを不憫に思う。
そこへ悪巧みのための惚れ薬を取りに行っていたパックが戻ってくる。
この惚れ薬は、寝ている隙にまぶたに塗れば目覚めて最初に見たものに魅せられるという効果がある。
オーベロンはヘレナにつれないデメトリアスのまぶたに薬を塗るようパックに命ずる。

第2幕 第2場

森の別の場所でタイターニアがお供の妖精たちに子守唄を歌ってくれるように頼む。
ここで挿入されるのが女声二重唱と合唱による「夜鶯の子守歌」だ。
これは台本の妖精の詩にメンデルスゾーンが曲をつけたもので、一連の曲の中でもっともメロディアスで美しい楽曲である。
タイターニアが眠ったところで暗く静かなメロドラマに導かれてオーベロン王が登場し、タイターニアのまぶたに惚れ薬を塗る。
一方別の場所では森の中を歩き回っていたライサンダーとハーミアが疲れを癒すため眠りに落ちる。
そこにパックが現れ、デメトリアスと間違えてライサンダーのまぶたに惚れ薬を塗ってしまうのである。
ここから物語は一気に混迷の色を深めていく。
  
闇の中通りかかったヘレナは、眠るライサンダーを死んだのかと心配し揺り起こしてしまう。
薬の力でライサンダーはヘレナに魅了され、ヘレナのあとを追ってハーミアのそばを離れてしまう。
やがてハーミアも目覚めライサンダーがいないことに気付き嘆き悲しむ。
このあと間奏曲が演奏される。
ライサンダーを探し森を彷徨うハーミアを表すかのように、暗く不安に満ちた旋律である。

第3幕 第1場

前幕最後の間奏曲がそのまま曲調をかえて職人たちの芝居の練習風景へと移っていく。
ここの変化は実に自然で、かつがらりと雰囲気が変わっており秀逸だ。
妖精の女王タイターニアが眠るそばで芝居を練習する職人たちを見て、パックはこの職人たちの一人をタイターニアの相手に選ぶ。
得意のいたずらで他の職人を追い返してしまい、タイターニアも目をさます。
あわれ女王は芝居一座の機屋ボトムに一目惚れしてしまう。
 

第3幕 第2場

デメトリアスに塗るはずの薬がライサンダーに塗られてしまったことを知りオーベロン王は慌てる。
そこで今度は自らの手でデメトリアスのまぶたに惚れ薬を塗る。
めでたくデメトリアスは目覚めた最初にヘレナを見つけ、ここにヘレナを巡ってライサンダーとの三角関係が成立する。
これでは最初のハーミアを巡る三角関係と同じだ。
一方のヘレナは二人にからかわれているのだと思いこみ、ひとり嘆き悲しむのである。

なお悪いことに、ハーミアが登場する。
ライサンダーとデメトリアスはヘレナを巡っていがみ合い、ヘレナとハーミアは互いに互いが首謀者だろうと罵りあう。
見かねたオーベロン王は策を弄してライサンダーに解毒の薬を与えるようパックに指示する。
その間に王はタイターニアの所へ出向き、機屋ボトムに目が眩んでいるタイターニアから女王が可愛がっている小姓を譲り受ける約束をする。

第4幕 第1場

夜想曲によって新しい幕があがる。
この夜想曲はのどかでとても穏やかな曲だ。
ホルンの美しく長いソロがある。
タイターニアから小姓を譲り受け満足したオーベロン王はタイターニアを少し哀れに思い、彼女の魔法を解いてやる。
ここもまたメロドラマである。
台詞の合間に夜想曲で用いられたホルンのソロが挿入されるのだが、ここのメロドラマは特に王の「音楽を」という台詞とタイアップしている。

森へ狩りに出た領主シーシアス公一行は眠るライサンダーたち4人を見つける。
4人を起こしてみると最初ハーミアを巡っておこっていた三角関係はいつの間にやら解消され、新たに2組のカップルが誕生していた。
シーシアス公は喜び、自分の結婚式において2組にも一緒に式をあげるよう提案する。

第4幕 第2場

草芝居一座の練習風景。
この場が閉じて、いよいよかの有名な結婚行進曲が演奏される場面へと展開していく。
 

第5幕 第1場

幕が開き、シーシアス公とそのフィアンセヒポリタのもとにライサンダーとハーミア、デメトリアスとヘレナの二組が到着する。
これと前後してタイミングは不明だが結婚行進曲が演奏される。
そして草芝居一座による祝いの劇中劇が演じられる。
この劇中劇の主な登場人物が自刃してしまうのだが、ここで葬送行進曲が演奏される。
その題の通り、ひたすら暗く重たい曲である。
劇中劇もはね、退場時に「ベルガモ風道化踊り」が演奏される。
序曲のテーマを引き継いでおり、これも先の「夜鶯の子守歌」やオーベロン王のメロドラマよろしく劇中の台詞と密接な関わりを持っている。

人間たちが退場したあと、宮殿には妖精たちが登場する。
オーベロン王とタイターニアの台詞をもとに劇音楽のフィナーレとなる合唱曲「死んでまどろむ暖炉の火で」が演奏されパックのモノローグで舞台ははねるのである。