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ヨハン・シュトラウス:ラデツキー行進曲

日本のクラシック業界は、年末も近づくとなぜかベートーヴェン交響曲第9番、通称「ダイク」の演奏会ばかりになる。
有名な指揮者なんかになると、1週間に3回も4回も第九の演奏会があったりする。
こうなるともう、最後の方はモチベーションも低いし、ひどい演奏になることが少なくない。
筆者は一度ひどい目にあったことがあるので、この風習は何とかしてほしいと切に願っているのだ。

枕なのに随分と脱線してしまった。

日本では年末の第九だが、はるか西の国のオーストリアでは、年があけると毎年ニューイヤー・コンサートと称してウィンナ・ワルツの演奏会が頻繁に開かれる。
特にウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートは日本でも毎年NHKで放送されるし、先だっては小澤征爾氏が東洋人初として指揮をしたので、かなり有名だ。
前日の「公開リハーサル」と称した本番も合わせたって、2回しか演奏しない。
その有名なコンサートで、毎年必ず演奏される曲が2曲ある。
アンコールの「美しく青きドナウ」と「ラデツキー行進曲」だ。
これは定番となっている。


世間的にヨハン・シュトラウスの名で知られる作曲家は2人いることはおそらく皆さんご存知であろう。
この2人は実の親子である、というのもとても有名な話だ。
一般的には息子の方をヨハン・シュトラウスII世と呼ぶことで区別している。
美しく青きドナウ」は息子の、「ラデツキー行進曲」は父親の方の作品である。
ちなみに本年はシュトラウス父生誕200周年であった。

この親子、父には「ワルツの父」、息子には「ワルツ王」というあだ名がついている。
そもそも、父親存命時には父の方が「ワルツ王」と呼ばれていたらしい。
ややこしい親子である。
そのせいで、どの曲をどちらが作ったのか、はっきり言って筆者にはよく分からない。

そもそも、シュトラウス父は息子を音楽家にするつもりなどさらさらなかったらしい。
それはそうだろう。
最初から音楽家にするつもりなら、演奏会など開くときにややこしいから息子に自分の名前など与えるはずがない。
この辺が、モーツァルトの父レオポルトらへんとはかなり違う。


ところで、ラデツキーとは人の名前である。この頃ちょうどヨーロッパではハプスブルク家を筆頭にした諸国の王制が、民衆の革命によって終わりを告げようとしていた時期だ。
それまで数度起こった諸国での革命は、ウィーン人のあっけらかんとした性質のおかげでウィーンにまで波及することがなかったのだが(ほんとはちょっと違うが割愛する)、それでも革命の波はついにウィーンにも押し寄せる。

シュトラウス父は当初革命支持派だったようだ。
当時のワルツ作曲家といえば、今でいう所のポップスやダンスミュージックの作曲家と同じで極めて大衆寄りであったから、革命が起これば革命支持に回るのは比較的当然な流れである。
しかし、革命が長期化する中で、その本質も少しずつ変化していったようだ。
大衆によって始まった革命が、大衆の手を離れたのである。
シュトラウス父はこの段になって皇帝擁護派に転向する。
決して尻が軽かったということではない(軽かったのだがそれはまた別の話)。

ラデツキーという人物は、蜂起した革命派を弾圧した将軍である。
さらにかつてはナポレオンとも戦ったことがある老将軍だった。
つまり、当時皇帝派の英雄だった人物であり、総司令官の任についていた。
すでに皇帝擁護派に転向していたシュトラウス父は、皇帝派を鼓舞し激励するためにラデツキー将軍の名前を戴く行進曲を作曲したのである。


さて、「ラデツキー行進曲」はシュトラウス父44才の年に作曲された。
偶然だがその翌年、病気にかかって亡くなってしまう。
それはともかく、なんで本来ワルツやポルカといった踊れる音楽が主体のニューイヤー・コンサートで行進曲なぞが定番化するのか、という話である。

行進曲と言えばアメリカで、作曲家ではスーザが有名である。
クラシックのコンサートで演奏頻度が高いのはイギリスのエルガーによる「威風堂々」の第1番だろう。
余談だが、この「威風堂々」に2番以降が存在することは一般にはほとんど知られていない。
知っておられる方は、通というかマニアである。

実は、19世紀ウィーンにおける行進曲と、その他の地域における行進曲では少し意味合いが違うらしい。
当時のウィーンでは、行進曲でもダンスを踊ったというのである。
ただしそれらの行進曲は、現在のように厳めしく荘厳なものではなく、軽やかできらびやかなものだったそうだ。

たしかに「ラデツキー行進曲」もとても軽やかな曲である。
行進よりはステップの方がよく合うだろう。
どの演奏会でも「ラデツキー行進曲」には必ず客席から手拍子が起こるが(自然発生的なこともあれば、指揮者に促されることもある)、よく考えるとそもそもミリタリー・マーチに手拍子はそぐわないのだ。
そうしてみると、「ラデツキー行進曲」はやはりダンス音楽なのである。
なるほどニューイヤー・コンサートで他のワルツに混じって行進曲が演奏されるのも、納得ではないか。